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2024年7月

2024年7月30日 (火)

よんじゅ、う、5、??

まさか、と思い、寒暖計を玄関ドアから台所の窓の外側に(シェイドで日陰になってます。)おいたら35の文字が45に化けました。いま、日向に置いたらどうなるか、と。雲がかかっていますから、またあとで。あとでもさきでも、トニカク、45を示してます。こりゃこりゃ、野外でコンサート、なんて悠長なことを言っていられませんワ。わたしだけ、ここだけ、この地方だけのことじゃないので、平等に暑いのですがそれにしてもね。夜は27度くらいまで数字が変わります。

東京で暮らしていた時は隣がプールだったので、会員になったり、区民のプールやKKRのプールで泳いでいましたが。静岡県に住むようになってから、あれ?一度も泳いでいません。何年泳いでないのかな。あれ?ほんとにそんなに泳いでないのかなあ?海辺はもちろん何度も行ってますが泳いでない。あれ?仕事で水辺にいったことなかったかなあ。忘れるくらい。なんちゅうことか。

数日前に1722315008581右端のリンちゃんが亡くなりました。22歳でした。うしろのフウちゃんは去年亡くなり、(こちらは19歳)結果、左にいるマルちゃんひとりになっちゃいました。なんとはなしに、あれ?鳴き声がひとつだけになって、あれ?って。なかなか長い時間を共有したことに感謝します。

2024年7月24日 (水)

にかほ市平沢111-1

おい、おい、ちょっと待ってね。何じゃこりゃ。Yokoyama-yutaka

古い友達とたまにメールのやりとりをしますが、はじめてこんなものを送ってきた。食べ物やさんを営業・主宰するご主人は何人か知り合いもあったりして、それなりの規模でそれなりの「食」を提供しています。きょうは、つべったいものを提供するお店(夏のみ)の紹介。

ドラムを叩いていたyokoyamaは、にかほ市の実家で整体の施術をしています。そしたらね、その整体屋のとなりで、「氷」の店やってます、って。むかしおもちゃやさんだった店をそのままま、氷菓の店にした次第。あのね、それぞれの土地にはそれぞれの「食」があって、その地の食材でその地の味を演出するのが、要するに「地元の食堂」。っと、こりゃ、氷の店でっせ。納得。ちいさな町のかき氷屋。

サイドビジネスっちゅうんですか。店構えは「田舎の食堂」、値段は「安い」、工夫「ちょっとあり」。それこそ年商ナン千万などという店とはまったく違う店でして。食べたいなあ。ああ、食べたいなあ。きのうマツコの知らない世界でソフトクリームのことやってたんだけれど、ソフトクリームとかき氷は別のもので(あたりまえですが)個人的にはかき氷のほうが好き。マツコさんに出て来る氷菓は脂肪分たっぷりとか、ミルクたっぷりとか、そういう謂わばハイレベルな商品ばかりで、普通のものは出てこない。番組ですから当たり前で、よくあるものを放映してもナンの得にはならないから。

あたしゃ、食べ終わったあとにほかのものが食べたくなるような氷菓は苦手。値段の安いソフトクリームが好き。手のかかってないのが好き。なんの工夫もないそれが好き。で、この氷菓はそんな願いが叶ったりの店。(スミマセン。実はまだ食べてませんが推して知るべし。)

にかほ市は観光業の町ではないので、行かれる方はすくないかもしれません。かつては由利本荘。もし、もし、行くことがあれば、「横山整体院」併設の「よこやま」で氷を召し上がってくだされ。二度ほど訪ねた彼の実家。あと何回行けるのか、いや、近いうちに行こっと。もうお互い時間持ってないんで。

2024年7月22日 (月)

急ですが

急に決まった公録。ダイヤランド内「森の里」レストランにて。26日15時くらいから。naviは花岡幸代さん。お手伝いはワタシ。

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しかし暑い。さっき「打ち水」したら若干気温が下がりました。しかし、新幹線作業車の衝突事故、これってあり得ない事故。誰が悪いかちゃんと言いなさい。関係者だらけの中でぶつかるものですか?(まあ、ぶつかるから事故なんだけれど)あり得ないと言えばオオタニの活躍、こりゃ、MLBの中でも突出した経過だ。マイニチの朝の中継がこんなに楽しくなるとは予想しなかった。ただただあんぐり。

2024年7月18日 (木)

夏休み

梅雨開けて夏本番です。

猫、リンは高齢のための諸症状がでておりまして、点滴したりもしてますが、ここのところは元気。マルはさすがに若い。飛び回ってますが、こちらは来客等に非常に敏感。すぐ隠れてしまいます。とはいえ、暑いのには参っていて。エアコンはもちろんかけてますが。

さてミニミニ家庭菜園のトマト。本日夕方採取の予定。なんというか、やはり毎日すこしずつ大きくなって赤くなるのを見ていたら、健気というか愛らしいというか、などと。で、数時間後にはおなかに収まる予定です。

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2024年7月 5日 (金)

しめしめ、ぐんぐん

20240704_124615 育っております。俗にいう原材料価格と手間賃足したら、買ったほうが安い、っていうハナシが、ありますが・・・。

2024年7月 1日 (月)

毎日、霧。

ここ数日箱根は霧の中。カミさんが運転するよこで、GPS見ながら、「次は90Rの右カーブ、、、なだらか左、、、つぎ、ゆったり右」なんか言いながら、形容詞ままならぬまま、山道30㎞で右往左往。まったく何とかならないもんか、と。昨晩はwさんがご夫婦でいらして、録音してくださったり世間話したりの演奏会。

と・こ・ろ・が・・・ぴあの、ピアノがいうこと聞いてくれません。高湿度が原因かもしれないですが。ペダル離してもミュートあがった鍵盤あり。おまけにすべての鍵盤、反応が遅い。上がってこない。(ほんの、ほんの、すこしですが)弾こうとしたときに、指の下に鍵盤がない。(ありますよ、ありますけれど)ま、昨日ピアノ始めた人にはわからないほどのタイムラグですが。(そんなこと言う本人も似たようなもんですが)はっきり言って弾けない。ので、ので、ので、上がったままのミュートの鍵盤と、気になるゆっくり戻りの鍵盤をなるべく弾かないように構成和音やアルペジオに替えて弾いたワケであります。何でもないいつもの運指が変わる。アタマが混乱いたします。弾かなくちゃいけないんで。

おお、こわっ。直しておいてね。古いピアノだからという理由は成り立ちません。ちゃんと調整してくれる方さえいれば、と、天井見上げて思うのでありました。(調律師は整音だけでなく調整もしなくちゃいけないのです)一瞬、デジタルをクルマから降ろしてこようかなと思った一夜でありました。これ、ピアノを持ち歩かないピアニストの欠点。(持ち歩かない人のほうが圧倒的に多いです。99パーセント以上持ち歩かないです。ほんのひと握りの方は持ち歩き、専属の調律師を抱えています。ほんのほんのほんの、ひと握りの高名で有能な方のみ)

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でね、昼と夜の間のごはん、ずっと、ずう~っと、気になっていたお店へ。幟には、焼きそばやラーメンや丼の文字。風で文字読めないくらいですが、なんでもある!と、幟は言ってます。さ、どうだ、いらっしゃい、の、構え。ここは国1の「食堂」。何も期待してません。(ごめんね。)「これっ!うまぁ~!」は、期待してません。何でもある食堂。で、定食を注文。うん、ふつうの値段で普通のお味の食堂。のこさず、おなかいっぱいになりました。「これでいいんだな」と。CRTやスマホや何かの情報欄に左右されない長年やっている普通の食堂。ラーメンだって650円。これでいいわけです。聞けば、朝10時から夜10時まで。年中無休。これでいいんだな。これがいい。

50 years ago

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と、ある、仕事場ででの邂逅。だいたいEPレコード等存在すら忘れている昨今。飛び込んできたのはBEATLESのEP。欲しいわけではありませんがあまりの出来事にびっくり。レコードは20年前にすべて処分したので、その後のしばらくは少しロスしましたが、今は未練もなく。しかし持ってる人がいるんだね。他にも数枚あったんで一応写真は撮っておきました。(何に使うわけでもなく。)この所有者お亡くなりなって話をすることができませんでしたが、すこしだけボクの時代よりもは早くお生まれになった世代。急に時代が引き戻されたような気がしてしばらく眺めていました。僕の知っている音楽というのは、その歌手の推移と共に推移し、新作が出るたびに求め、旧作との相違、成長を感じ取ったわけですが、いまは、そんな悠長な聞き方、見方などすることなく、例えば、you tubeなどで、どの有名な曲もどの下手な歌手も、すべて同じページに何らかの序列で並んメニュウを見ることからはじまるわけ。50年前の曲も昨日発売の曲もすべておなじ扱いがされる。ぽち、っとやったらすぐ聴ける。演奏者のスキル、録音の技術や画像の技術が違うのに、あれもこれも同じ「いま」で展開されるから、歴史、積み重ねや、音楽の傾向の変化などまったく関係ないわけだ。

何も悪いことではないですよ。そういう時代だから。でも敢えて言うなら「情緒」がない。僕らは少しの情報から背景を探り、想像し、人物像を作ってきたし、少しの音や少しの言葉から、奏法やテクニックや技術を盗んできた。どこに取り入れるかというのが、その「盗み」の結果だ。楽器そのものだって高価なものだった。経験・知識で対応力を養う。力というのはそういうものから継続して生まれてきているんだ。だからなんでも簡単に手にはいってしまう状況というのは、力を生まないとまだまだ信じている。でもね、今を否定しているわけではないですよ。ここは、勘違いなされぬよう。手法のちがい、だけです。敢えて言うなら、ふたたび、「情緒」がない。

 

 

 

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