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2020年7月 9日 (木)

イマ病院にいるヒト。

アリスが大好きな彼女とは、久しぶりに東京のライブで出会った。いつもいつもスマイルだ。

最近彼女が自分の医者通いのことを書くようになって、読んでいたら、残りの時間をきめられたことを知るに至り。文面ははいつもニコニコ続きだ。これがそういう患者かいな?と思う口調だ。文句あり、苦情あり、おもしろいように饒舌だ。翻ってそんなふうに自分がなったとき、そんな風にボクはできるかなあ、と。・・・抗がん剤よりほかの方法がないらしい。皆が通る同じ道だけれど、もどかしさがつきまとう。

自分の残りの時間について、考える時がある。どのくらいあるんだろう、って。平均寿命がのびてものびなくても、個々には関係ないこと。道半ば、なんていうのはもういらないことなので、ひとつひとつをチャンとやらなくちゃ、ね。「明日は我が身」繰り返し。クリカエシ唱えましょ。それにしてもこの女史、文面から察する限り、ヒジョウに明るい。

悪しきCOVID19の環境下、国じゅうで、制約・枠が課せられ、通ってきた日常と違う現実に面することになってしまった。演奏という場所を削がれてしまったなかで、若干の機会を得たのは葬儀。明日はある施設での演奏があるけれど、それもどういうふうに展開するかわからない。先達が長い時間をかけて勝ち取った「演奏の自由」「音楽の自由」、僕らの時代が作ってきた「隣に音楽」「音楽の奔放」は、脆くも崩れてしまったけれど、立て直すのだって、いまの音楽を引っ張る若者や、口出し上手な壮年老年音楽家の役目じゃないんだろうか。浅はかな人間、自然に対して何も出来ない人間だけれど、人間だけが出来る微笑みや文字や音楽を、失うことになってはいけないからね。彼女はそれを失っていない。

 

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