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2015年8月

2015年8月30日 (日)

秋?

あれれ、ここのところ涼しい。残暑はどこにいったやら。ここに暮らして二年が過ぎるけれど、以前、平野からこの山間地を見ると雨降りはいつも霧がかかっていた。で、ここに来たら雨降りの時、まさに雲のなかだ。田方平野は全部雲の下で、200m以上の山の頭からが「景色」になる。竹田城?がもてはやされているけれど、似たような雲海が眼下にひろがるのがなんとも気持ちいい。十国峠あたりから天城の万二郎あたりまで、雲が連なる。ひとたび風が吹けば、それはテラスのものを全部吹き飛ばすくらい強く吹く。おかげでものを外に置いておけないくらいだ。風のない日はまるでリゾートホテルのような景色が広がる。どこの家庭もテラスには椅子テーブル完備?BBQのニオイはは週末必ずどこかから流れてくる。マンション自体の構造もいくらかリゾートを意識したつくりになっているからかもしれない。躯体の幅は200mもある。こんな構造物はこのあたりにはない。この先いずれは老朽化(既に?)して一体どんなふうになってゆくことやら。

それはそうと、この天候。猫は猫同士でなかよくマルくなるの図。3人で仲良くやってます。
夜中じゅう遊びまわって昼はぐうぐう。ま、問題ないっていえば問題7ないヒトタチなわけで。
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ハチワレ君の隣の白猫は冗談です。
で、そのうち布団に潜り込んでくる季節であります。

2015年8月26日 (水)

すんごい歌手だ

さすが「長○」だ。今後ワンマン・10万人規模で野外に客を呼べるカリズマ的な歌手は、いないだろう。WEBのご意見交換所では「ゲスト?コラボ?」あり、や、「10万人はいない」、など、否定的な意見を含めて喧々諤々言われておりますが。

10万人はともかくコンサートを大規模に開くならば、野球場などのスポーツ施設に限る。インフラが揃っているから。もちろん交通の手段ありで。それに対して前者は真夏の天候伺い付きのインフラ不備だらけの場所であるにもかかわらず、結果、集めるんだから。客は不自由と時間と金銭の支出を余儀なくされてるんだけれど、行くんだな。そういうコンサート会場は当たり前、人家から離れていないと設営できない。コンサートへは自家用車当たり前、遠方客は飛行機使用ありの時代にぜ~んぶ「バス」ですぞ。(この話とは別に最近の高速バスや観光バスはとても居心地よいらしい、)(なおかつ各バス会社の配車担当者さま、ご苦労様でした)だから、会場へのアクセスがまともではない、会場のトイレ不足、会場からのお帰り体制など無駄な労力しか使わないのに、覚悟の上だ出かけるファンには格別の称賛を送りたい。無駄に思える労力は彼への感謝と参加した実績=自信という言葉に変わるんだな。おっとっと、ところで、ボクには、その体力が、ありません。
歌の内容~愛情や思想や感情や望みにボクは特別の心情を寄せないけれど、特別な心情を持つ人が特別な会場でひとつの同じ時間を体感・共有しようという音楽会・それも空前の規模でを開くことのできる「長○」は、すんごい存在だ。
単純に金稼ごうと思えばもっと楽な会場選べばいいんだから。う~ん、シロートがざっと見ると赤字かな。しまっておきたいような・宝物のような思い出は、僕にはこの夏もなかったけれど、きっとこの時間を共有した本人、ファン、スタッフ、関係者、設営・養生から撤収・原状復帰までのスタッフ、たちには、この夏がいい思い出になるんだろう。
せっせと言われたことマジメにやっていただろうアルバイトのみなさま、ほんとにご苦労様でした。
その土曜日、ワタクシは数十名のお客様と星を観ながらの屋外コンサートでした。規模だけ削れば同じことしてました。あはは。

2015年8月25日 (火)

個人技

イシカワ、やったね。シードだ。どこか調子が外れっぱなしだったけれど最近は調子上げていた。来期も頑張ってね。HONDA走り切ってナンボですぞ。日本グランプリでも完走してね。肩で風切るオッサンが、やってもやっても無理だったこと。日本じゃイチバンでも外行けばただのひと。国内賞金王でも届かないメジャーの優勝。あんたならできるよ。

伊東に仕事でいくことがあります。建物のガラスの向こうに大島などの伊豆七島の数々。島と名の付くところで行ったのは、熱海市初島。沼津市淡島。江の島。伯方島。で、壱岐、対馬。小豆島、沖縄、与論、徳之島、奄美、ハワイ、かな。あるようでない島の記憶。船で行く旅が意外に少なかった。宇高連絡船は何度か乗ったな。一度は行きたい小笠原と屋久島、ニウエ。で、で、で、船。今度メデタク日本丸に乗船の運びとなりました。9がつ18・19・20。鳥羽から土佐清水までですが。大きな船は初めて。愉しみでございます。
なんでこうなっちゅのかの、東京オリムピック。疑問だらけの支出。政治家は税金の使い方を決める人です。だから、ワタクシ個人的には選挙の投票を間違ったということ。隣の国もその隣の国も冬のオリムピックを開催するらしい。その時に国あるのかな。直前になって「や~めた」なんて言い出しかねない国だしね。何か技術など持ちこんでも、止められない、止めるなら金出せとか、この技術はウチのもの、とか。人のモノは自分のモノという論理。ガッコの歴史の授業では習わなかったことばかりが露見する。これは日本の教育も悪い。確かに歴史は勝者のもの。だからといってクサイモノニハフタばかりでは、感心しない、どの国も。

2015年8月21日 (金)

朝の番組

どうなってんだろ。司会やコメンテーターやリポーター。朝から夜までJ事務所とEX●●●とヨ●興行。(が、多いってこと)「口」が悪そうに見える歌手や俳優。列記したタレントたちがどうのこうのってわけじゃないけれど、自分の局のアナウンサーとか文化人とか知識人と呼ばれるヒトたちがもっと活躍してもいいんじゃないかと思うんだけれど。

と、まあ文句言いながらサーフィンしてゆくとFテレビ。これじゃ、人気は下がるだろう。YOU TUBEに投稿された世界の「おもしろ映像」を垂れ流して囲んでコメント。これじゃ、ちっとも面白くないよ、だいいち取材ナシだもんね。垂れ流し?横取り?見学?
視聴率と言われるものがスポンサーの意向を汲み、制作の方針を決めるんだろうけれど。例えばドラマ。どうにかして欲しい脚本。ありえない設定。まるでひと昔まえの少女漫画の実写版。会話の順番・嘘の描写。海外の刑事ドラマのどれよりも鉄砲を撃ってる警察刑事モノ。一発警官が必要で撃つだけで、ああでもないこうでもないと始まる国のくせに。バカバカしくなるようなセットや背景。
たまに、ヤラセしちゃったりしたりするものがあるけれど、丁寧に作っているドキュメンタリイとか紀行もの、理科科学モノ音楽モノ政治モノなどちゃんとしたものだってあるのにね。下請けが作ろうがどこが作ろうが関係ない。そういえば、このあいだのNのアホウドリの繁殖云々はおもしろかったな。5年がかりの記録だった。

キドニイグリル

BMWの看板はキドニイグリルだ。スリーポインティドスターと同じく、高速のルームミラーで視認した時に、あれだ、と分かるアイデンティティを持つ。ところが最近の日本車の「顔」がへんてこになってきた。

T社の顔は大きなグリル・矢印のグリル、安価な感じのキラキラもの。ドイツの4つ輪のマークのそれよりももっと濃いカンジ。ワンボックスのそれは、くどくて、なおかつ、「不良」っぽいそれだ。あんなふうな会社じゃなかったなんて思うんだけれど。
H社は660のスマートな軽や、きれいなフィニッシュをもつNSXなんてのを作っていたのに、最近はなんだかみんなガンダムふうの顔つきになってきた。プラモデルみたい。
S社は独特のエンジンをまるでSAABのような個性的なボディに振舞っていたのに、最近はM社との区別がつかなくなるような顔つきにしてしまった。
世界中のくるまが、それぞれの個性的な顔をもっていた時代は過ぎて、この20年間はバッジを外したら、どこの国発かわからないスタイルになった。ある一定の水準のエンジンを持って力学と居住性を備えたボディを被せる手法は世界共通のコンピュータと生産ロボットのもたらした恩恵だが、没個性を招いたのはしかたない。そしてその世代を体験した若者のノウハウと頭脳は、要するに「面白くない」車の設計思想に変貌する。
あこがれや夢を抽象化し、生産にあたってそれを具体化した時代のものづくりと、出来上がっているなにかのモデルを発展変貌させる、一から作るのではなく着物や化粧で済ますモノづくりでは、出来上がりに差異が生ずるのはあたりまえだ。
デザイナー諸氏、「独自」のカタチ・モノを作ってください。中に入れるエンジンはあとで考えましょ。HVやEVやH2などありますから。中国のデザイナーが困っちゃうようなものを。
金払いの方策を考えないデザイナーの設計や、似ていようがいまいが意匠代で何億も稼ぐ時代にあって、アイデンティティを発揮できるのは、あなた方だけですから。

2015年8月 7日 (金)

夏の思い出

何百回弾いたかわからない曲。夏に限らずに弾いておりますが。

夏の思い出ってなんだったんだろう。「避暑地の恋」「ひと夏の経験」「祭りのあと」。
宿題、研究、海、プール、キャンプ、旅行。
二十歳すぎてからの旅行や海はほとんど仕事絡みだったので、特筆すべきものはなく。でもあの町の様子やこの町の雰囲気などはみんな覚えている。ところが、中学生やそのころの思い出がなんだったかちっとも思いだせないんだ。
7月下旬から8月上旬にかけて、このあたりでは多くの花火の打ち上げ、大会が催されているわけですが、個人的には、」あまりよろしくない。緩急というか強弱というか、身の丈というか、その土地土地に見合う花火でいいんじゃないかと思う。なんでかんで、人集めの為で、所謂情緒とか夜空に花を手向けるとかいった意味合いは薄れている。
母の出身地だった町の花火は、1分に1発上がるような、それも、菊ばかり、のような花火だったけれど、暗くなったころから9時くらいまで、ずっとポン・・・ポン・・・だった気がする。これはいい。花火の間に会話をし、なにかを食べたりする。見逃したら待っている。トシのせいか、スターマインなどと呼ばれる「せえ~の、打てぇ~」状態よりも、単発のポン・ポンでいいんだな。
賑やかなものも必要な場所がある。人を多く集めたい気持ちもわかる。
ポーン・ポーンの間に見かけたきれいな女性や、里帰りしてるだろうところの浴衣の母子の様子や、再会している友人たちの輪、おじいちゃまと一緒に手にする線香花火、山車や神輿の威勢のいい大人たち、素性の知れない露天商と、毒々しい色の食べ物、射幸心をあおるようような出し物、すべてが渾然一体として、その時間区切りに花火の音がする。そんな、祭りはもう、ないのだろうか。ノスタルジックな感覚は持つ必要がなくなった事象なんだろうか。
昔歌った歌はいつも同じに流れる。

2015年8月 2日 (日)

シライⅡ

空中で1回転、振り向きざまに半ヒネリ。最近は平均台よろしくドアの(なんていうのか)上部で行ったり来たり。なんにでも興味をもつのはいいのですが、夜中じゅう飛び回っているウチのシライでございます。

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「ハチワレ」君でござい。
それにしてもアツイ。風があればいいんだけれどね。お、すこし出てきたかな。
先週は打合せで清水へ。昼飯はとーぜん、蕎麦を所望いたすと、ご案内くだすったのは
ここでございます。「岡田屋」さん。霧下そば。長野妙高あたりかな?食べたあとで、その「蕎麦」写すのをわすれたことに気づきました。
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ごちそうさまでした。