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2012年6月

2012年6月30日 (土)

歌を唄うということ

「ぼくはき」・・・・「みが好き」。とは、普段しゃべらないだろう。売れに売れてるT氏のCD」。カバーアルバム流行りの昨今、群を抜いて。

一昨日は若林さんとのリハ。さすがに長年歌い込んできたことが明白な貫禄の歌声。出来ないことは出来ないと言い、自信があることを歌い、ないことはやらない。大好きなピアノと歌だけのデュオ。当に掛け合い。面白かったです。本番タノシミ。でも、ピアノ・難しいです、間が。

問題は歌い方。彼女は歌詞を理解してちゃんと歌う。音節に則って歌う。だから、冒頭のようなヘンテコリンな括弧で囲ったような聞こえ方にはならない。

♪におさまりきれないような歌詞のために、最初は歌い方を揶揄されたT朗氏だって、ひとつの言葉を分割しては歌わなかった。

若い人や新しいとされる音楽に限ったことではなく、歌詞というものは、音節や区切りがとても大切だと予予思っていた。若林さんは、思っていたそのように歌ってくださる。何でもありの時代だとはいえ、ベテランと称される歌手や多くのひとが、この当たり前のことを無視して自分の自由に歌っている。自由に歌うことと、歌詞を伝えることというのは、違うことなのだ。

2012年6月19日 (火)

台風で、なかよし。

台風接近中。夜中がひどいのかな。

すこし肌寒いと思って猫のベッドを見れば、ご覧のとおりふたりで仲良く。狭いけれど、なぜか一緒。目が光ってるから黒くしちゃいまショ。

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冬に良く見るおふたかたのカタチですが、夏もトキドキこんな。ん?かなり雨がツヨクなってまいりました。今回の台風のお名前はグチョルだそうで。西には5号も控えております。今は台風のメカニズム・発生から予想される通りみち、規模や様子をいろいろなメディアで窺うことが出来るけれど、なにも分からず怖い存在だった時代には、一体どんなふうに受け取っていたのかとフムフム。

また、埼玉のシゴトが決まります。なぜか「さいたま」。夏はレギュラー以外は例年より暇なカンジ。なんでもかんでもまたゆっくり。

2012年6月 5日 (火)

カガワ

すごいなぁ。マンチェスタユナイティド(UKは行ったことがない)入りかぁ。フットボールはこれがすごい。国籍など関係ナシだ。力のあるものや運のいいものは、こうして自分の道が世界に通じているのを実感するだろう。実感は金銭感覚にも直結する。実際は結果がすべてだけれど、そのぶんを予想のうえで、現在からの効果に見合う給料を払う構図だ。博打といえば博打だけれど。  野球ならダルビッシュだってDICE-Kだって同じ。マツイに至っては、マイナーからの復帰だ。イシカワ、また、世界ランク上げ。    おじさん・おばさんたちだっていろいろな世界や業種で、世界を股にかけた活躍をしているけれど、スポーツに関しては、やはり、若さだ。歳をとっても世界を相手に出来るスポーツはゴルフくらいのものだろう。嬉しいニュースだ。自分のフトコロにはかんけいないけれど、フトコロの近くの心臓には、とてもいい刺激を与えてくれるし、脳ミソには、感激を与えてくれる。活躍してね。

明日は川越。懸念のライブの打ち合わせ。初めてのゲージツ的な施設。この間はシンガーのFaithさんと顔合わせ。ハタマタ・お医者サマの学会。月末は「シャンソン歌手・若林さん」とのコ・ラボ。新しい場所や人との繋がりが楽しいと思う6月のオジサンです。

愛するシンガーの「マキ」ちゃんが、石垣島に引っ越しすることになりました。うん、ちょっと遠いかな。かなり遠いかな。パスポートは辛うじて不要。あとちょっとで外国だもんね。お歌唄うときには、是非とも本土からミュージシャンをお呼びください。ウチナーのミュージシャンだけじゃ、だ~めよ。特別なお礼もさよならも言いません。だって4時間もあれば会える仲間だもんね。またね。Catch you later ! 

2012年6月 4日 (月)

薄紫の花

NHKホールの舞台には3人だけだ。Dr. Bs. Gt. ロックはこれが基本だ。このバンドはそれぞれが達者だ。トリオならではのドライブする感覚、構成音が少ないことを踏まえて最小最大の和声。この楽器たちはそれぞれが何十種類もの音を演出し、ノイズさえも味方につけてしまう技量だ。たっぷりと2時間以上のコンサートであった。ジョニー・ルイス&チャー。このタイプの老獪なロックのグループはこれから出現しないだろう。そしてこのグループの音はもう聴けなくなってしまったということだ。

僕は、アメリカを夢見ていた。そこにはあらゆるスタイルの音楽がどれも正統で、奥深いことを知り、新しいテクノロジイとプレイヤーの自由な発想が許されることを知り、若者の台頭をものともしない頑固ものがいることを知り、お互いがお互いを認め合う世界であることを知ったフィールドがあったからだ。

移動のバスがステージになることもあり、ときには次の日には何百マイル離れた土地に赴くこともあり、小さなパブからおおきなコロシアムまで同じ出演者であったり、ホテルでは何十日にも亘ってディナーショウを続けたり、時には犯罪や薬物で命を落としたり、自家用飛行機が墜落したり、と。すべてが、憧れと言う言葉は適切ではないが、憧れに似た夢のような音楽家が存在するアメリカを夢見ていた。

病気や事故や寿命や順番(?)で命が無くなるのは、残念だが仕方ないことだ。ただ、ものを作るという行為をした人間には、ものが残るということだ。最低、その「もの」が、それを見たり接した人間に嫌悪感をいだかせないようにしなくてはならない。一番いいのは賛辞だ。そして維持して利用する。それは、ちっぽけなCDやスケッチや本や建築物や工業製品までなんにでも対象になる。それが文化というものだ。その文化を保持していくことが文明だ。核の廃棄物を未来にのこしていく、なんてのは文化や文明ではない。

また、綺羅星のごとく輝いていたひとつのロックスターが灯りを消した。コイツらに寿命はないと思っていたんだ。

2012年6月 1日 (金)

sight seeing at Hukushima

観光客となったシモヤマは蕎麦を註文する。心太もね。

で、・・・・・・・

テーブルに出てきたのがコレ。箸のかわりに「ねぎ」一本。これで食べンの?というオハナシ。    そこで、お約束のビックリ。(実際にはお箸使いましたが)  で、蕎麦食べながら「ねぎ」~それを齧る・の、またまたお約束。(カミさんは、そうしてましたが、わたしゃ、出来ません)

ま、ねぎでも食べることが出来ないことはない。でもね、食べにくいでっす。

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というのは、猪苗代で仕事終わり、次の日行った先が「大内宿」。どんなところかというと、

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こんなカンジ。映画のセットではありまセブン。住民が、ここに暮らして、商売してる、普通の商店街。目に覚えがないのは、江戸末期から明治の初期の建物がそのままあるということ。わが「猫や」の建物の先輩がたっくさん。

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言ってみれば「ふざけた」街並みでございます。ありえない風景。ほんまかいな?って。これってあり?って。冗談でしょ?って。

夕方、多くの観光バスが去ると、メイン通りが撮影には好ましい状況になります。ばあちゃん・じいちゃん・かあちゃん・おねえちゃん・にいちゃん・お子様・と、あらゆる範疇の村人がワレワレ観光客の財布を狙っておるのです。で、それに応え、期待通り数枚のお札が彼らのフトコロに吸い込まれていった、という、ありがたいオハナシ。

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ここ大内は会津若松から南へ1時間くらい。帰りは白河ICから長泉に向けて約350kmを光速で駆けて帰ってまいりました。  あ、桃買うのワスレタ。

あ、仕事。無事に。 仕事は高名なお医者様の学会のゲストという扱い。いやはや、なんともアカデミック。造詣が深い。  で、深い緑の国に旨いモノ。 U教授、いろいろありがとうございました。伊豆にも通っているそうなので、改めてご挨拶に伺いますね。

二日間の「出張」は、幕を下ろしました。チャンチャン。そうそう、東名の海老名SAは下りに較べて上りのほうが「タノシイ」店が多いのに気がつきました。イマサラながら。