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2010年6月

2010年6月30日 (水)

絵にかいたような

一枚の写真。一枚の絵、一行のことば、が、すべてを語るときがある。あまりこういのは得意じゃないんだけれど、今日の写真には一本とられた。サムライが10人ピッチの上にいるそれだ。稲本、中村、川口ほか5名が本日のサムライ5名を抱きかかえているソレだ。VTRで寸断なく繋がっている「絵」も快感だけれど、このスティールには、絵にかいたようなこの4年間がぎっしり詰まっている。うますぎるなあ。ホンダの咆哮の絵ももちろんよかったけれど、今日は、コッチの写真で素直に「よかったね。残念だけど」っていう気持ちにさせられてしまいました、の巻。

祭りは続くよどこまでも

I've working on the railroad all the live lond day♪(~電話は続くよドコモでも♪)を聞くと、「大草原の小さな家」のTV版で、とうさんが電線の出稼ぎ工事で家を長く離れていたシーンを思いだす。どうしてこういう風に、関連するのか理解していないけれどね。開拓時代のアメリカの、(見たこともないけれど、)男たちの工事の風景と重なるんだ。線路は続くよ、列車のの先頭車両からは、前方に伸びる線路が見えて景色が100kmのスピードに合わせてパノラマのように展開してゆく。小雨の日なんかは最高だ。始発の駅を出て最終的に目的地に着く列車は、いろいろなひとの期待や日常や挫折をいっしょに乗せている。賑やかだった沿道の風景が、人家が疎らになったり、おもしろくない景色に換わる。フットボールの日本代表は、昨日夜でWCの一線から国旗を降ろした。ずっと歩んできた道がすこし静かな風景に換わる時だけれど、線路は続いている。新しい客が乗り込んで、オリンピック駅に行きたいと申し出るかもしれない。はたまた、4年後の駅まで体力が持たない客もいるかもしれない。運転手だって車掌だって入れ替わるかもしれない。俄か評論家を沢山のせた列車は多くの客をすでにおろしたけれど、また新しい俄かファンを積んで、また翠いろの列車に戻るんだ。イタリアやフランスは、今年ワインの出来が良くなかったようだ。楽しかった祭りが一瞬途切れた。でも祭りは続いているんだ。

2010年6月26日 (土)

ふうちゃん、親ばか。

どこの家でもそうだろうけれど、いろいろなタイプの人間がいるよね。掃除しない、寝てばかりいる、片づけられない、料理は食べても作れない。妙に洗濯好き。動物もそうさ。なつく、なつかない、言うことを聞く、きかない。ご飯をゆっくりRimg1410_2 べる食べない。お利口おバカ。ふRimg1690 うちゃ んはね。山にすてられてたんだ。ここに来た時は、すこしビビッていたけれど、すぐに慣れた。顔つきが不良っぽくて、柄もあまりきれいじゃない。手脚が短くて、尻尾は短い。おねえちゃまのリンがとてもお利口で、鼻筋すっきり、口元きれい、尻尾はすらり、着ている洋服までフェミニンなんで、較べると、(較べようもないけど)よくある「美人+不美人姉妹」を演出しちゃってるわけで。で、お互いにいいところ、悪いところをもっている。なんだかんだいいながら、ふうはいつもオネエちゃまに甘えてる。夜はふたりとも、人間の寝ている横ににちゃっかり収まっているんだ。ふうちゃんは、今どこかの調子が悪くて、いろんな失敗をする。ムカッとする。で、怒ろうとしたその瞬間にね、「ごめんちゃい」ってカオする。若干おんえちゃまよりも頭が悪いんだけれど、小さな目で、えへって顔するもんだから、怒れなくなっちゃう。うん、もう、いいや、って。ふうちゃんからは、ホントはもらっているものが多いんだから、我慢ちゅうか、よしよし、ちゅうか、そんな、うちのお嬢様でござる。結局、かわいいいんだ。お、イシカワ、本日荒天中止ですかいな。

2010年6月24日 (木)

工房

それはもう、20年以上前になるんだけれど、なにげなく見ていた雑誌から目にとびこんできたのは、鏡面仕上げの銀の時計だった。女性用のそれは、ヴァニティにも使える品の良いフォルムだった。ジョージ・ジェンセンの時計。買えないけれど、垂涎の時計だった。(オメガの金無垢のアポロレプリカントはいまでも欲しい。)そしてこのメーカーを知る時があって分かったのは、デンマーク王室御用達の宝飾。実用品のメーカーであった。職人が働いている様子や、プロダクトの仕上げの良さはまさに「工房」と、呼びたい。職人の数ではなく、規模でなく、モノづくりの手間ひまが「工房」なのだ。(工房ということばが好きだからだ。)そして、なにより、品がある。洒落ている。税金の額くらいしか国情は知らないけれど、今夜は、その国との蹴球国際試合だ。ま、起きてれば見るけれど、いやいや、必ず見るけれど、勝ったほうが上に行けるんだから、そりゃ、南アフリカで、実際、ボールに関係する人たちは、どんな100通りくらいの思いをピッチに持ちこんでるんだろう?日本の国民の半分くらいの人がこれを見ながら5000万通りの思いを映像に寄せる、なんちゅうのは、なんか、こう、平和でいいじゃないか。かたや、参加費用を出してもらってその裏で電波泥棒する韓国のとなりの国、ダム放水作戦まで披露したりして。そんな国に出場資格あるんだろうか。反則じゃないか。相撲と似たようなもんだ。レッドカードだ。さあさあ、岡田カントクじゃないけれど、き~もちよく10点も取ってくれれば、梅雨が明けるかもしれないな。工房と攻防だ。

2010年6月23日 (水)

た、空くじ

あまり、話さないひとが少し色めき立って喋るから、なんのこっちゃ?と、思ったら「~数字~が~ふたつ~違うだけで~」とか、なんちゃら。宝くじのハナシ。結局外れてるわけで。「ブログに載せて」など、ワケ分からんこと言うんで、たまにゃ、言うことききましょ。で、これがそれ。Img006 ま、一瞬いい思いしたかな。ふたつもひとつもいっしょ。合わなければ空籤ですがな。アホらし2号の巻。ほんとに当たったら、ボクは、しばらくみんなとは絶交だな。

2010年6月22日 (火)

estation de sant

カサ・バトリャ。今となっては懐かしい響き。ワールドカップでスペインやっちょります。勝ち勝ちやま。  BCNは、街中にあるものすべてが、エトランジェのわたくしには、写真対象。FC・BCNは、あのモンジュイックの丘のうえに鎮座しており。で、昼間は海岸まで行って寝転んだり、水族館のとなりのショップで背番号名前入りのユニフォーム作ってもらったり。帰りにイラン人の土産物屋で、同じ柄の偽物のユニフォーム買って。そんなこんなの合間に仕事。   先々でガウディの遺産を目にして。ロエベの本店は日本語で話しかけられ。   そういえば、晩年は市電に轢かれて亡くなった希代の建築家の作品を目の当たりにすると、人間の考えることは、すごいなあと、あんぐり。パトロンのグエルの公園は山の中腹。市内を一望できるとても眺めのよい視線のさきにはアートホテル。の、むこうには、マッツァオな地中海。   どこの国にも天才はいるけれど、ヨーロッパの天才というのは、まず、デザインありき。外見から入る。実はそんな簡単なひとことではないのだろうけれど、実用性とか、利便性だとか、工作の容易非容易などは、アトニマワシテ、って。感じ。この国民は他国同様に貧富の差を持っているけれど、そんなことは日常感じさせないし、なにしろ、国民が均質であることが国是であるかのようにまとめ上げたい、分からず屋の政治家のいる国と違って、そんなことには憶さない明るさがある。外面的なことしか見ていないと叱られそうだが、そういうところから感じ、入っていくのだから、当たり前だ。ようやくこのトシになって、日本の国のいけないところがうっすら見えてきたくらいだから。   スペイン、この国は好きだ。タイトルにはしたけれど綴りがわからないこの駅から、マドリド行きの電車に乗るのは、今度はいつになるんだろうか。アンドラ行きのバスに乗るのは、今度はいつになるんだろうか。おお、そうだ、小笠原、必ず行こうっと。

2010年6月21日 (月)

イシカワ・アイ

きのうは父の日。ボクもカミさんも父は亡くなったので、関係ない祭日ではありますが、父がいないとワタクシ、ここにいないワケであります。ま、父の日。ついでながら母もおりません。このシステム。なんともいえない感じがあって、この日だけ孝行しようものなら。それこそ、ない方が良いように感じるわけ。かといって、なあんもしないでいると、親不幸みたいな感じ。そんなこと考えているうちに、サムライジャパンは負けてしまいました。(オランダのスキポール空港が好きです。)  だいたい、ワールドカップ、面白すぎる。けれど、カメルーン戦なんぞは、カミさん、別の番組。ワンセグで見る球の動きは、なんともいえないさびしい画像であります。紅白よりも視聴率いいのに、そりゃ、ないよね。  で、きょうのイシカワ、すこ~し順位落としましたが、いつもどおり素晴らしいバンカーショットなんか見せちゃって。立派なアメリカのプロのオジサンたちに、「将来はノーダウトだ。」と言わせるくらいのチカラ見せちゃって。    そしたら宮里優勝。ありゃりゃ。ランキング世界1位だって。これってすんごいことなわけで。でもね、藍ちゃん、勝ちすぎちゃいけません。あいつら、すぐにバッシングするから。  でもって、新聞に載る彼の国の表記。そろそろ米国っちゅうの止めましょうよ。英国もヤメヤメ。  昔「米子会社を整理」という見出しがあって、アメリカだか米子だかわからんことがありました。じゃ、ほかの国も漢字でぜ~んぶ書きますか?で、戻ってイシカワ。ひとの服装髪型に普段文句は言いませんが、すこ~しヘアスタイルちがうかなあ、って。web新しくしました。飽きたんで。

2010年6月14日 (月)

今日のお買いもの

そうだ、こんなこと書こうと思っていて忘れてました。きょうはね、「シュッとお部屋に一回、♂だけ別府温泉。」という商品。蚊取り線香は、ドアの外で、いつもの煙たなびかせておりますが、これは、部屋に一回スプレイするだけ。火や電気を使うものがいままででしたが、これ。疑問がひとつ。長時間に亘って効果が持続するってのは、人間はもちろん、ネコにもダイジョウーブなワケ?蚊には申し訳ない、退場を願うか、現地にて沈没となります。こんな便利なものが、なあんも「副作用」ないなら、これ、いいじゃん。で、実験開始。報告は後日。

アホ\\\らし。

今度は野球賭博云々。せっかくほかのスポーツが、人間賛歌してるときに。「知りません。」から「やりました。」  過保護に育てられて、自分の道を自分で築いたと勘違いしている老いも若きもの相撲屋さん。国技とは名ばかりなのに、国技の蓑に隠れてそこから得た収入で違法なことをする輩。都合の悪いことや金銭にからむ不透明な事柄は、協会や親方が親方日の丸ふうに、他に漏らさずに隠蔽し「ヤバイ」ときは、子供だましのような屁理屈でウヤムヤにしてきた。ぼくはね、賭博そのものは別に咎あめられるものではないと思っている。システムをきちんと構築した中で射幸心を煽り、すこしの優越感を与えられる「かけごと」のスリルや予想が現実に推移してゆくさまをを機能させることは、多分に常識ある大人の娯楽だ。問題はそこから始まる。限度を超える、依存症になる、ほかを顧みない。 胴元しか喜ばない結果をもたらすものは、娯楽としては不手際が多い。次の問題は、プロのスポーツ選手が、他人の行う不確実なものにお金を連鎖させることだ。(そしてもしその連鎖が何者かの意図するものの許でおこなわれるとなれば、それは八百長なのだ。)青少年の健全な発育を謳われる対象の選手であるならば、何をか。いかがわしい女性に金をつぎこむほうが、どれだけ分かりやすく、正直かとも思う。みっつめの問題はそれが「組織的暴力団」に繋がっているかいないかの点だ。この組織は、すこしの労力を金銭的バブルにする優等生的頭脳の集団だ。介在することだけで、多くの利益をあげようとするときに、なにが必要かよく考えたらわかる。他人の労力と金銭だ。持つもの持たざるものの利益の構成比が、簡単に言えば100あるものが、一人に99、のこりの99人に1になるような構図。そしてそんなこの前者に肩貸そうという相撲屋がいたなら、そりゃ、教育もクソもなく、親方・協会など、女衒になってしまうではないか。こんなことをずっとしてきた相撲屋さん。弟子は乏しく、満員御礼の札も減り、懸賞まで減ってきた。バクチに手を貸すような輩は追放だ。それは、絡んだバクチに「負けた」ものが生まれ、不幸になる結果を孕んでいるからだ。金のやりとりは、労働と食物と音楽や芸術に対する対価の単位なのではないか。国技の名前の向こうで「ヤ~ラシ」く、太ってる悪漢さん。あほらし。

audi

アウディの1,2,3で今年のル・マンはメデタシめでたし。プジョーはおつかれさま。デイトナもルマンもパリダカも最近はどこも報道しなくなってしまいましたな。そしたら、ワールドカップ。ニッポン、1回くらいは勝ってね。ワンカップ大関。南アフリカの町の上空の映像が入る度に「第9地区」のエイリアンの宇宙船を探してしまうのは、だあれ?そしたら、ハミルトンはカナダで鼻歌歌い、忍者カムイは途中でまたドロン。そしたら、はやぶさ。60億キロの道のりを何年もかけて舞い戻ったかと思えばカプスル残して、これは見事なドロン・アランドロン~日本武士のような。   耳に忙しい2.3日が過ぎ。ビルニューブの名前を冠せられたカナダの戦場。77年、不幸にも富士のサーキットで宙を飛び観客を巻き添えにしてしまった彼は82年ベルギイで事故死する。長谷見の真黒なコジマKE007 は、フォード社エンジンを積み、雨の富士を快走した。マキF1は星野、非力で空力特性の悪いマシンはちっとも走らない。桑島はのちに事故死するがこのレースは金銭不足で立ち見。30度バンクを持った富士はそのバンクをF1に使うことはなかった。この時代はフェラーリがフェラーリらしい時代で、また、ドライバーはスターだった。社交界や芸能界ともランデブしていた。ピータースン、パトリック・タンベイ、シェクター、アランプロストなど傑出した時代。いまの時代の、より安全なカウリングに較べたら申し訳ない程度の安全基準のマシンはおおくのドライバーを天国へ案内した。。そんなこんなを片隅に置きながら、サムライとデートの昨夜。F86セイバーやA4スカイホーク、ミグ、サアブ、スホイ。マトラなどのカタカナがくるまの中で氾濫。四分休符が入ったので、急にワタクシが「マッキ」って知ってる?なんてきいたら、ちゃんと知ってました。これも飛行機。凡そ見当もつかないくらいのヨーロッパの金持ちが、財力にものを言わせて、デザイナーや芸術家やエンジニアを育てた良き伝統は残してほしいもので。あっちゃこっちゃの見たり読んだり聞いたりの、しめくくりは、今夜23時、カメルーンとの蹴球試合。今朝は急に漠然となんとなくBCNの街思いだした。  さて、19日は富士のFOUR SEASONSにて、くり子のライブありまっす。ワタクシは行けませんが。

2010年6月 7日 (月)

少し、夏。

朝、9時前後、大社の鳥居の下には、花嫁花婿親戚縁者などが参集する景色が日常で。とりたてて興味はないけれど、昔は6月の花嫁がどうこう言われておりました。ホテルに仕立てられたイギリス製のリムジンではじまるこの儀式は、人生の一大事と格付けされるのですが、ホントでしょうかね。まあ、仲良く末長くどうぞ。天気もよく。あまり関係ないといえば関係ないのですが、ここの、谷田部宮司は日本の神社庁の総長です。言ってみれば、神主の総理大臣みたいな。そういった意味では、たいへんなことらしく。全国8万の神社の代表なワケであります。   本日は、すこし夏。中野翠始発、山口瞳方面経由、山川徹の鯨論の挙句、立松のエッセイで終着駅。しかしこの羅列、脈略なにもなし。そういえば、立松氏とは、北海道ウトロの某ホテルの宴会場で、会った。この人は優秀な少年だった。北見ホンダ社長と連れだって。初めて出会ったにも関わらず、昨日まで一緒に旅をしていたかのように接してくださった。話は簡明、要点は簡潔、粗筋は簡単。そして何でも知っている。じぶんの栄養にしたそれを他人に惜しげもなく放りだしてくる。やろうと思えばエッセイの一冊くらい書けそうなくらい。 知床の熊笹の上をスノウモビルで疾駆する理由は車体が沈まぬようにするため。目的が遭難者・人命救助の時のハナシ。  TVで見た印象のままの人でありました。大学の先輩というだけの理由、で知り合いのような気持ちでいたものですから、あまり緊張のない約2時間に亘る場外乱闘は、12時の鐘とともに、幕を下ろしました。亡くなってから、もうすこしだけ、声高に主張しないけれど、波のように打ち寄せる静かな確信を持った主張を聞きたかったな、などと、なつかしみながら本日昼の読書はオシマイ。     今夜の睡眠薬は松井孝典。これなら5ページめくらいでコロリといきます。お、イシカワ15位、いいじゃん。おやッ、中央幼稚園のとなりの赤橋にもホタル乱舞、いいじゃん。おお~、蓮舫42歳、いいじゃん。

2010年6月 6日 (日)

香りの記憶・メロディの記憶

たった1小節のメロディ、通りですれ違った香り。記憶はとんでもなく時間を越えて覚醒する。あの時の景色、あの時の天気、あの時の顔。本人が好むと好まざるに拘わらずに「のそっ」と、やってくる。忘れてしまうことが沢山あるのに、どうでもいい記憶が残って、残像が暫く消えない。不要な銀塩写真だ。ならばデジタル処理されたデータを編集するほうが、手っ取り早い。大切なメロディがある。不要なメロディがある。あの歌は忘れられない。あの歌は聴きたくない。ずっと覚えておきたい。早く忘れたい。にんげんの頭はいろいろなことを電気的にデジタルでやりとりしているのに、印象という分野に区分けされた記憶はどうにもこうにも末梢できないでいる。数学の公式のような理解という記憶ならば、簡単に忘れられるのにと思うんだ。さて、記憶に長けた特別なひとを除いて、一般的なボクラはどのくらいの曲や音の高低:・輪郭を認識しているのだろう。どのくらい演奏できるのだろう。長いあいだかかって編みだした五線符には、簡単な長短の記号と高低が書いてあるのだが、その組合わせで、幾通りの世界観を生んだのだろう。ずっと大切にしてきた作曲者への敬う気持ちを色褪せずに弾くには、覚えるもの・捨てるものの混在からすこし隣にある、秘密の「気持ちいい公園」のような場所で鼻歌まじりで過ごすようなこころの置き場所が必要なんだ。

2010年6月 3日 (木)

15h2nd1w

15h, 604yds, par5 で、フェアウェイからの第2打。ドライバー持った。300yds残り。グリーン手前3mソユーズ並みに軟着陸。野口さん、おかえりなさいってか。こういうのが、客を喜ばせる。納得させる。本日のイシカワ。で、バーディ。アマチュアは、上手くいったら神様の~、と唱えるところ。で、上手くなんかいかない。最初から無理。千回に一回くらいは間違って結果上手くいくかもしれない。イシカワ、ほかのクラブでも適当に寄せていくだろうけれど、そこがイシカワだ。大事なのは、上がってナンボという成績だけれど、その成績を上げるのに、「無理のない冒険」をする。「経験による確率の高い技術」を当て嵌める。奏功。いや予定通り?自分のための一打でありながらギャラリイのための一打。「見せることもオシゴト」。きっと、帰宅したギャラリイ、家族や友達に「いいものを見たよ、」って、これを土産話にするだろう。本日の予選のたったヒトコマ。日曜に何位になってるかは知りませんが、本日はこの一打で、もう1位みたいなモノでしょ。なんか、気持ちいい。

2010年6月 2日 (水)

みてくれ

政治家がああだこうだ言われるのは仕方ないことで。進退のタイミングは大切で。一般人には分からないことばかり。だからみなさん、がんばってください。分かりやすくスルヨーに。ボクはね、鳩山好きですよ。なんてったっておしゃれで。奥様がまた好きだ。日本の政治家にない明るさと、似合うかとか好き嫌いはさておき、「ファッション」という範疇に入っていますから。サミットでの集合写真で、背丈が低いと、どこかしら頼りなく映るのはボクだけだろうか。そしてファーストレディと呼ばれた歴代女性のセンス。そういうことを普段指摘するスタッフだって、重要なブレインだと思う。歌を歌ったり、テニスしたり、戦略いいじゃ、ないですか。英語にも堪能でいらっしゃる。そうかと思えば、タトエバ・亀井さんの頭、なんとかならないのでしょうか。寝て起きたままみたいなあの頭。いっつもそう。恥ずかしくないのかなあ。趣味の悪いスーツ。情けないなと思っていた。オバマはあんなスーツでは出てこないし、奥様などは女優とも思えるイデタチ。報道官だってしかり。大臣だってしかり。政治家にとって一番大切なことは、別にボクが言わなくても世間の皆様が仰るとおり。でもってね、2番か3番か4番には「みてくれ」というファッションのようなものも必要じゃないかと思うんだ。ま、実際政治にそれが必要ないといわれれば、必要ないことだというのは、分かっておりますが。カッコイイじゃん、から入る政治家の存在を否定しません。

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